FP監修:もめない相続の為に。価値ある遺言書&無意味な遺言書
それほど財産がないから遺言書なんて大げさなものは必要ない、と思う方がいるでしょう。しかし遺産相続でもめるケースには、資産がそれほど高額でない場合が珍しくないのです。相続でもめないための遺言書の書き方や今から準備できることを解説します。
目次
そもそも遺言書とはどんなもの?書き方に決まりはあるの?
遺言書とは、故人が亡くなる前に死後の財産処分などの遺言内容を記した書類をさしますが、正式に法的効力を持つものにするためには、きちんと定型にのっとって作成する必要があります。決まりを守らないで書かれた遺言書は、せっかく書いても法的に争われた時には意味のないものになってしまいます。
・相続で遺言書はどう役立つの?
今や相続争いは資産家だけのものではありません。それを表すのが下のグラフです。全国の家庭裁判所に持ち込まれた遺産相続争いを金額別に分けたものです。
[図表1]
遺産相続争いの金額別件数の割合
出典 裁判所 「司法統計年報 家事編 遺産分割 平成29年度(2017年度)遺産分割事件のうち認容・調停成立件数(分割をしないを除く)遺産の内容別遺産の価額別 全家庭裁判所」より作成
遺産分割でもめて調停手続きになったケースの相続財産の金額は、約40パーセントが5,000万円以下で、約30パーセントは1,000万円以下であることがわかります。これを見ると相続争いは自分には無関係とばかりは言っていられないですね。
金額が少なくても争いをまねいてしまう。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。考えられる状況のひとつに、相続する資産に占める不動産割合が高い場合が考えられます。
仮に現金がほとんどなく、自宅の土地建物だけが大きな資産であるとしたら、複数の相続人にどのように分ければいいのでしょうか。売却して分けるにも、まだ自宅に住んでいる人がいれば簡単ではありません。
・自分の意思を反映しつつ残された人のための遺言書
どの場合も必ず争いになるわけではありませんが、残された人たちが相続を巡り仲が悪くなることは避けたいです。そのためにできることの一つが遺言書の作成と言えます。相続させる側が自分の財産をどのようにしてほしいか意思表示をするのが遺言書の役割です。
もちろん遺言書がなくても相続手続きは可能です。必ず書かなければいけないものではありません。しかし、次のようなケースに当てはまる場合、遺産の分割協議で争いになることが考えられます。こういった方は遺言書の作成を積極的に考えるとよいでしょう。
こんなケースは遺言書があるとよい
・ 相続資産の不動産割合が高い
預貯金のように単純に割ることができないので、そのままで公平に分割するのが難しいため
・ 資産の種類・金額が多い
預貯金だけでなく株式や投資信託、不動産など資産の種類も金額も多いと分けにくいため
・ 子どものいない夫婦
この場合の遺産の法定相続人は配偶者と親、親が亡くなっていれば故人の兄弟姉妹(兄弟姉妹が亡くなっていれば甥や姪まで)となる。疎遠な間柄の人がいると分割協議が進みにくいことが考えられる
・ 独り身で法定相続人がいない
法定相続人がいない人の財産は国のものになる。遺産をどうしたいかを遺言書で残せば優先される
・ 事実婚のカップル
内縁の相手は正式な婚姻関係がないため法定相続人にはなれない。遺言書で相続人の指定をして意思表示を
・ 特定の人に遺産を譲りたい
法定相続人ではない人に遺産を譲りたい場合は遺言書で指定する
・ 法定相続分の割合とは違う分割をしたい
妻よりも子どもに多く残したいなど、法律で決められた分割割合とは異なる配分を希望するとき
遺言書には種類がある。違いはなに?
では、具体的に遺言書について説明していきましょう。
遺言書は現在「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の二つの形式が主流。
「自筆証書遺言」とは自分で書く遺言書のことです。自分1人で作れるので思い立った時に書けるのが最大のメリットです。すべて自筆の手書きが原則で、日付、署名、押印をして完成です。保管場所に決まりはないので、自宅のたんすでも銀行の貸金庫でも自由に選べます。
しかし、日付が特定できないなど書き方が間違っていることに気づかずに、法的な要件を満たさず無効になってしまうこともあります。またどこに保管したかを忘れたり、誰にも伝えないままだと意味がありません。せっかく遺言書を残すならこれらのミスは避けたいですね。
一方、「公正証書遺言」は遺言者が自分の遺言内容を伝えて公証人が作成する遺言書です。遺言者と2人以上の証人が内容を確認して署名、押印します。また、公証人も公正証書の形式に沿っている旨を付記し、署名、押印します。専門家が作るので、内容の不備で無効になったりすることなく、信用度の高い遺言書が作れます。その分、相続人ごとに受け取る財産の額に応じた手数料がかかります。財産が多いほど費用がかかります。
・遺言書を作成する公証役場とは?
公証役場と聞いてもイメージがわきにくいかもしれませんが、現在全国に約300ヵ所設けられており、どこの公証役場でも遺言書の作成ができます。公証人は判事や検事など法務実務に長く携わった人で公募に応じた人が、法務大臣から任命される公務員です。
[図表2]
自筆証書遺言と公正証書遺言の違い
(著者作成)
・2019年、自筆証書遺言が使いやすくなる
先ほど説明した自筆証書遺言は、財産目録などを含むすべてを自筆で書かなければならず、煩わしさや間違えやすいことが課題でした。しかし、民法が改正され、2019年1月から使いやすさが大幅にアップしました。
自筆証書遺言の法的変更点は主に2つです。
1.添付する財産目録をパソコンなどで作成したり不動産の登記簿謄本や通帳のコピーなどを添付してもよい
2.遺言書を法務局で保管してもらえる(2020年7月から実施予定)
手書きの分量が減ったのはもちろん、保管場所についてもとても大きな変更点です。自筆証書遺言は保管場所に決まりはありません。そのため、誰にも遺言書の置き場所を伝えていなければ、相続時にどこにあるのか見つけられないことがあります。また、法的に有効な遺言にするため、死後に家庭裁判所で検認という手続きを受けなければなりません。
検認は戸籍謄本を取り寄せたり、相続人全員に通知をしたりさまざまな手順があり数週間から数か月の時間がかかります。検認が終わらなければ相続の手続きには入れません。もし自筆で書いた遺言書を法務局で保管するようにしておけば、検認手続きが不要になり相続開始までの時間を短縮することができます。
出典 法務省
・遺言書の書き方を具体的に解説
正しく書けば遺産相続で大きな役割を果たす遺言書ですが、実際には何をどのように書いたらいいのでしょうか。
自筆証書遺言も公正証書遺言も基本的には「誰に」「何をあげるか」「書いた日付」を必ず記入し「署名」「押印」します。公正証書遺言の場合は公証人が作成してくれるのでこれらの書き方を誤ることはありませんが、自分で書く自筆証書遺言では注意が必要です。
「誰に」はあげる相手の名前ですが、妻や実子でもフルネームを書かなければいけません。本文はすべて手書きでなければいけません。パソコンで作成した財産目録にも自筆の署名・押印をします。
・不動産の場所は正式に記入
よくある間違いに、不動産の場所をざっくりと「●●県●●市●丁目の土地」などのように書いてしまうことがあります。これでは無効となってしまいますので、不動産は登記簿謄本どおりに正確に記入しましょう。
・間違えて書いてしまった!訂正の仕方にも決まりがある
間違いを訂正する際は二重線で消して遺言書と同じ印鑑で押印し、欄外に正しい文言を記入します。さらに欄外に「●字訂正」や「●字加入●字削除」などと書き署名押印します。この訂正方法がルール通りにされていなければ遺言書の法的効力は失われるので、間違えた場合は始めから書き直した方がよいかもしれません。
・封筒に入れるか、入れないか
書き終えた遺言書は封筒に入れた方がいいのでしょうか。大切な書類なので厳重に封をするのが当たり前のように感じるかもしれませんが、じつはこれはどちらでも構わないのです。しかし、事前に内容を知られたくない、万が一書き換えられたりしては困るなどさまざまな理由から封筒に入れる場合があるでしょう。
では、亡くなった後、遺言書はどのように扱われるのでしょうか。
封筒に入ってない遺言書は、相続人が見ても法的には問題ありません。そのまま家庭裁判所で検認の手続きを受けましょう。
封筒に入っていた場合、特に封筒に遺言者の氏名・日付・押印がある時には勝手に開封してはいけません。検認を受けてから開封しないと無効になることがあります。もし封筒には何も書かれてない、封筒に入っていても封がされていない、などの場合でも自己判断で中身を見てしまうと後に改ざんなどを疑われることがあります。やはり検認を受けてから確認するのが無難でしょう。
・遺言書でできることは主に11項目
遺言書に書くことで有効となるのはどのような内容でしょうか。自分の意思を反映するために、遺言書で実行できることを知っておきましょう。
1.相続人以外への相続:法定相続人以外の人への相続を望む場合、その旨を書きます
2.相続分の指定:法定相続分とは違う分割を望むときにその内訳を指定します
3.相続人の排除:排除するに値する理由(著しい非行など)が認められれば相続人から特定の人物をはずすことができます
4.遺産分割の禁止:5年以内の期間で遺産分割を禁止できます
他に、5.遺言執行者の指定、6.後見人の指定、7.婚外子(婚姻関係にない人の子ども)の認知、8.遺留分減殺方法(いりゅうぶんげんさいほうほう)の指定(遺留分を請求された際の分割の方法などを指定すること)、9.福祉施設などへの寄付、10.生前贈与等特別受益の持戻し免除(特定の相続人が生前贈与された財産を相続財産に加えず、残りの財産で分割するのを認めること)、11.相続人の担保責任(相続財産に欠陥があった場合などの責任)の免除 などがあります。
・遺言書を作るのに準備するものは?
何を書くかが決まりいざ作成することになったら、道具や事前に揃える書類は何が必要でしょうか。
<自筆証書遺言の場合>
用紙:決まりはありませんが、便せんなどがよいでしょう
筆記具:ボールペン、万年筆、サインペンなど。後から消せてしまうので、鉛筆やこすって消えるペンなどは避けましょう
印鑑:実印でなくても認印や拇印でも問題ありません。
<公正証書遺言の場合>
公証役場に遺言書の文案を提出し、公証人と事前に内容を確認して、指定した日に証人2名以上立会いのもと、遺言者の口述で公証人が作成します。証人には特別な資格はいりません。しかし、未成年者、推定相続人や遺産を受け取る人、またそれらの配偶者、公証人の配偶者と四親等内の親族など、証人にはなれない立場の人がいますので注意が必要です。
もし適当な証人が見つけられない場合や遺言書の作成を知人に知られたくない場合は、弁護士、司法書士、行政書士など専門家に証人になってもらうことができます。または公証役場で紹介してもらうこともできるので、一度問い合わせてみるとよいでしょう。
公正証書遺言を作成する際は、事前におもに以下の書類を用意します。
<主な必要書類>
・ 印鑑証明書と実印
・ 遺言者と相続人との関係がわかる戸籍謄本
・ 法廷相続人以外で遺産をもらう人の住民票
・ 固定資産税通知書または固定資産評価証明書
・ 不動産の登記簿謄本
など
遺言書があればすべて従わなければいけないの?遺留分について
法的ルールを満たした遺言書があれば、法定相続分よりも遺言の内容が優先されます。もし遺言書が複数出てきた場合は形式が自筆証書・公正証書にかかわらず作成した日付の新しいものが有効です。
自分の財産をどのようにするかを自分で決めるのは当然の権利です。しかし、相続人にとってどんなに不平等な内容でも、すべてを遺言書通りにしなければいけないのでしょうか。
答えはNOです。もし、遺言書に書かれた内容にどうしても不服がある時、「遺留分」をもつ相続人であれば遺留分を請求することで権利の一部を相続することが可能です。「遺留分」とは相続人に法律上確保された最低限の遺産配分のことを言います。例えば夫の遺言書に「すべての財産を長男に相続する」と書かれていたとしても、妻と他の子どもは遺留分の請求手続きを行えば法律上保障された財産をもらうことができるのです。
・遺留分の仕組み
遺留分があるのは、配偶者・子ども・両親のみです。兄弟姉妹も法廷相続人ですが遺留分は認められていません。
もし、相続人であるにもかかわらず遺言書の内容からまったく遺産がもらえなかったり、少なかったりして遺留分を行使したいと思ったら、侵害している相手に「遺留分減債請求(いりゅうぶんげんさいせいきゅう)」を行います。遺留分を侵害されていることを知ってから1年以内、または相続開始から10年以内であれば請求可能です。
しかし実際には、遺留分を取り戻すのは簡単ではありません。遺言書で財産を相続した人たちとの間で何をどう分割するかを決める必要があるからです。
価値ある遺言書を書くために、早めにしておきたいこと
実際に遺言書を書くのはまだ早いようで何となく気乗りしない、という方がいるかもしれません。また例えば、子が親へ遺言書を書いてほしいと言ったらまるで亡くなるのを待っているようだと思われそうで言いづらい、ということもあるでしょう。
将来的には遺言書の形に残しておいたほうがよさそうだとは思ってもなかなかすぐには取りかかれないのが現実でしょう。いきなり遺言書を作るのに抵抗があれば、まずは事前準備だけでも始めてみてはいかがでしょうか。特に以下の2点は、早めに準備しておくことで遺言書を作りやすくなりますし、その先にいざ相続が発生したときも手続きをスムーズに進めやすくなります。
(1)財産の一覧を作ろう
まずはご自身の財産の一覧を作りましょう。メモのような簡単なものでも構いません。遺言書のように法的効力を持たせる必要はないので、あまり難しく考えずに作りましょう。財産目録があるとないとでは、急に亡くなった場合など残された遺族への負担感が大きく違います。
また、財産一覧を作ることで自身や家族の持つ資産への意識が高まることが期待できます。例えば、休眠口座はないか、保険の保障内容は適切か、所有不動産の価値がどれくらいか、など一覧を作りながら現状を把握することで、亡くなった後の相続ばかりでなく生前にできる節税対策などに活かせる場合もあります。
この観点からも、財産一覧は老年期に入った方ばかりでなく働き盛りの人でも年齢や性別に関係なく作ることをおすすめします。まずはメモ程度でいいので、何がどこにあるか思い出して書きましょう。
[図表4]
財産一覧に書いておきたいこと
(著者作成)
(2)相続人を把握しよう
財産に何があるのかを把握するのと同時に、もし自分が亡くなった場合の法定相続人がだれなのかを知っておきましょう。疎遠になっていたり、所在がわからない相続人がいると手続きが進まず困ることがあります。
相続人を把握することは遺言書を作成するときにも役立ちます。また、日頃から連絡をとるようにしていれば、よりスムーズな手続きにつながると考えられます。
・遺言書はケースバイケースで難しい。困ったらプロの手を借りましょう
自分の意思を伝えたり、相続人同士の「争続」を回避したりと遺言書が果たす役割は大きいです。でもそれは遺言書がルール通りに書かれていて、相続の時に相続人たちの手元にあることが大前提です。
何が相続財産にあたるのか、法定相続人は誰なのか、これらを特定するのも個人では難しいことがあります。
そのような時はその道のプロに頼むのが有効な手段の一つです。弁護士や税理士は法務や税務のプロですから、ケースごとに最適な方法を提案してくれます。
しかし、一般的には「いきなり弁護士のところに行くのはハードルが高い」「そもそも自分の場合はどの専門家に聞けばよいのかわからない」などの理由で簡単に相談に行けない人も多いのです。そういった漠然とした不安を持つ方の状況を整理してサポートをしてくれるのが、ファイナンシャル・プランナー(FP)です。個人個人の事情に合わせ総合的なアドバイスが受けられるので、資産の整理や把握をしたいけれど何から手を付けたらいいのかわからないなどという悩みには最適な相談相手です。
もめない相続を目指し早めの準備をする時は、必要に応じてこれらプロの力を借りて安心で確実な備えをしていきたいですね。
[参考文献]
裁判所 司法統計年報 家事編 遺産分割 平成29(2017)年度遺産分割事件のうち認容・調停成立件数(分割をしないを除く)遺産の内容別遺産の価額別 全家庭裁判所
http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/057/010057.pdf
日本公証人連合会
http://www.koshonin.gr.jp/term/
法務省
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00240.html
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html
http://www.moj.go.jp/content/001263529.pdf
ほか
「いっきにわかる 相続・贈与」 洋泉社
「もめない相続・かしこい贈与」 わかさ出版
「完全保存版死後の手続き」 朝日新聞出版
「わかりやすい遺言書の書き方」 大竹夏生 株式会社週刊住宅新聞社
有田 美津子 (ありた みつこ)
ファイナンシャル・プランナー CFP(R) 相続診断士 大学卒業後、地方銀行にて融資業務担当。結婚、出産後、住宅販売会社、損保会社、都市銀行の住宅ローン窓口を経て独立。現在は、高齢になっても安心して暮らし続けられる住まい計画、資金計画の相談に力を入れている。企業に属さない独立系FPとして、お客様に寄り添うコンサルティングが好評。